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プロローグ

 裏切り者が居た。
親友と騙っておきながら、陰で私を馬鹿にしていた男が――

 幼稚園の頃から通っていた英語塾を終わらせて、私はすぐさま、塾の向かいにある居酒屋のドアを開けた。

「キヌちゃん、公務員試験合格おめでとー!!」

 途端に鳴り響いたクラッカーと共に、私の家族とこの居酒屋の店長達が声を揃える。

「あ、ありがとう……」

 私は少し照れ臭くなって、口元を緩めたままそう言った。
 高校三年の秋、私は他の生徒達よりも、少しだけ先に大人の道を行く事になったのだ。

「よく頑張ったよお前は」
「じゃあ次は父さんが、お酒やパチンコを控えるよう頑張る番だね」

 がしがしと私の頭を撫でる父さんに、私は少し意地悪な言葉を返してやった。二人の姉もそれに頷く。
途端に、父さんは顔を真っ赤にして怒った。

「俺は関係ねぇだろ!」
「そうそう。パチンコはともかく、お父さんが居なかったら、おっちゃんの話し相手が居なくなっちまうよ」

父さんの言葉に、店長さんが煙草を吹かしながら苦笑した。
 この居酒屋はなかなかの名店で客も多いんだけど、ここの店長さんは特にうちの父さんと仲が良い。

「キヌ〜、私は受かるって信じてたよ〜!」
「あんだけキヌに遊ばせて甘やかしてたもんね」

 何時もの様に、次女の郷重姉が私に抱きついて頬擦りをして、それを見た長女の麻弥子姉が皮肉を漏らす。
確かに、こっそり勉強をサボってゲームをしている時に、麻弥姉はきちんと叱ってくれたけど、郷姉は何も言わず、寧ろ一緒にやってたくらいだから、そう言われても仕方がないっちゃないんだけど……。

「おっし、んじゃあキヌの就職を祝して……」
「「「乾ぱーい!!」」」

 そしてこの祝宴の開催を父さんが仕切って、私達はかなりのハイテンションだった。
今日は貸し切りらしく、他の客は全く見当たらない。
……と、思ってたんだけど

「遅れてごめんなさい」

 ふと、父さんと歳の近そうな女の人が店に入ってきた。
見覚えがあるような無いような、でも知らない人なのは確かなので、私は戸惑いが隠せなかった。

「あれ、今日は貸し切りじゃなかったっけ?」

 良くも悪くも、私は思った事をすぐに口に出してしまう性格だ。
今度は悪い方で出てしまった事を、その時私は知りもしなかった。

「キヌ、父さんが再婚したいって話は聞いたでしょ?」
「あぁ、うん」
「それがこの人」

 麻弥姉の話に、私はようやく理解が追いついた。
 私の母さんは去年病気で死んでしまい、 一回忌が過ぎた頃に、父さんが再婚したいと言い出した。
私は別に良かったけど郷姉が猛反対して、それでてっきりしないものだと思ってたから、その話を聞いて驚かずにはいられなかった。
というか、事前にそういう話はちゃんとしてよ。父さんは本当に、そういうとこ抜けてんだから……。

「貴女が絹子ちゃんね、初めまして」
「ど、どうも……」

 如何せん人見知りな私は、困惑したままその女の人に会釈をしてしまった。
それから郷姉に寄り添い、父さんとその女の人が話している間にこっそり聞いた。

「郷姉、反対してたよね? いいの?」
「キヌが一番、母さんと一緒に居れなかったから、キヌが決めていいよ」

 苦笑だったけど、郷姉は優しくそう言って私の頭を撫でてくれた。
何時も一番に、私の事を考えてくれる郷姉。嬉しいけど、逆に心配でもある。

「キヌ! お前6月生まれだったよな!?」
「え? うん」

 すると突然父さんが大声で私にそう聞いた。どうやら相当酒が回ってるらしい。
何でそんな事聞くのかとと思いながら頷くと、女の人が嬉しそうに私に言った。

「じゃあうちの息子の方が下ね! あの子は9月生まれだから……」
「え、息子!?」

 そのの言葉に、私はまた驚いてしまった。
彼女が父と同じバツイチだったからではなく(そもそも父さんは未亡人)、私に弟が出来るという事に、少しだけ嬉しく思ったのだ。
 私は親戚の中でも一番下で、従姉も全員女性だから、妹よりは男兄弟が欲しいと思っていた。
とは言え、兄は姉ちゃん達が結婚したら出来るから、無いもの強請りで弟が欲しいて思ってたけど、まさかこんな所でそれが叶うなんて、思いもしなかった。

「お義母さん! 精一杯義弟を可愛がるので、どうぞよろしくお願いします!!」

 そして私は弟の事以外は一切考えずに、名前も知らない女の人の手を握りそう宣言してしまった。
女の人は目を丸めてたけど、段々嬉しそうな表情になって私の手を握り返してくれた。

「うふふ、ありがとう。貴女がそう言ってくれると、信太も喜ぶわ」
「そりゃあもう! 姉としてしっかり――」

 有頂天だった私は、女の人の言葉を聞き流しきれず、つい振っていた手を止めてしまった。

「……信太?」
「ええ。絹子ちゃん、信太と同じ高校に通ってるんでしょ?」

 私はそう聞くと、女の人は冷や汗の滝を流している私に気付かずそう言った。
同じ高校という事からして、ほぼ確定してようなものだったけど、確信したくない一心で、私は父さんの方へ駆け寄った。

「と、ところで父さん、私あの人の名前まだ聞いてないんだけど……」
「え、お前まだ聞いてねぇの!?」

 完全に酔っぱらっている父さんが大声でそう言うものだから、私は慌てて「しぃ」と人差し指を口の前で立てた。
すると父さんも分かってくれたみたいで、私に耳打ちする様に言った。

「お前信太君の友達なんだろ? この人はその信太君のお母さんで、操鷺明美さんだよ」

 だからてっきり、信太君から聞いてるもんだと思ったと笑いだす父さんを他所に、私は確信せざるを得なかった。

「……みさ、さぎ……」

 裏切り者が居た。
友であると騙っておきながら、陰で私を馬鹿にしていた――

――操鷺信太という男が。

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