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第二話 波乱万丈!

 携帯のアラームが起きろと叫ぶ。
大きな欠伸をした後で、皆の分のお弁当を作ろうと、アラームを止めてベッドから降りた。

「あら、おはよう絹子ちゃん」
「ふぇ?」

 突然聞き慣れない女性の声がして、私の閉じかけていた目がパッチリと開いた。
その女性の顔を見て、私は寝ぼけていた頭が、突然冴えた気分になった。

「おはようございます、明美さん」

 操鷺明美さん、父さんの再婚相手だ。
明美さんは私に笑いかけた後で、ずらりと並んだ弁当達に、おかずを注ぎ込むように入れていた。
 それを見た私は、今日から明美さんが殆どの家事をやってくれる事を、ようやく思い出した。

「もしかして、お弁当作ってくれる心算だったの?」
「……あはは」

 弁当を見ている顔が、あんまりにも間抜けだった所為か、明美さんが察してくれた。
思っていた事がバレた事に内心慌てながら、私は苦笑すれども否定はしなかった。

「それじゃあ、信太を起こしてくれないかしら?」
「あ、はい」

 呆然と立ち尽くしている私に、申し訳ないと思ったみたいで、明美さんは私に用事を頼んでくれた。
信太の部屋に入って私がます驚いたのは、ゴミそのもののような麻弥姉の部屋が、綺麗に片付いていた事だった。そういえば昨日はろくに片付けを手伝えてない。

「信太、朝だよ」

 ベッドに軽く乗って、信太にそう言ってみるものの、信太は寝返りをうつだけで返事もしない。
その態度にちょっとカチンときて、私は信太の体を思いっきり揺さぶってやった。

「おいバカシン、いくら学校から近くなったからって、気ぃ抜き過ぎだろ。7時には起きないと働きだしてから辛いぞ!」
「俺大学行くし……、つか今起きたら、絶対授業寝る」
「早起きして勉強する気が無いのか受験生!!」

しかしどれだけ揺らしても、説得しようとしても、信太は全く起きる気配が無い。
 仕方が無いから、私は大きく息を吸い込んで、恥を捨てる事にした。

「良い子の皆―、ガギョーラギョー体操始めるよー!!」
「……?」

そう言った後で、私はてきとうな振り付けを踊って、てきとうな歌を大声で歌ってやった。

「ガーグロッゲーゲッゴルガーギーラーグロッゲッギー♪」
「……!?」

その時信太が大きく目を見開いて、こっちを向いた。それから盛大に噴き出して、またそっぽを向いた。

「ゲーラゲッゲグッゴラゴーレーグラッゲゲッゲッガー♪」
「ぶ……く……」

信太の体が震えだした。よし、あともう一押しだ!

「グーガロッゴーゲッゲレゲーラグロッガレッゲッゴ♪ ヘイッ!」
「分かったから、起きるから、その起し方だけは止めてくれ!」

とうとう信太が、身体を起こしてそう言った。お母さん、私勝ったよ!!
 信太を連れて台所に戻ると、明美さんが肩を震わせながら朝御飯をよそっていた。

「お、おはよう信太……」

 こっちを向いてそう言った明美さんの顔は、いかにも笑いを堪えている様な顔だった。
それを見て、このマンションの壁が薄いという事を思い出したが、私は決して挫けない。寧ろそれをドヤ顔で返すのが、勇者の心得だと私は思う。

「……おはよう」

 朝御飯を食べていると、暫くして、郷姉が暗い顔で部屋から出てきた。

「おはよう郷重ちゃん。どうしたの?」
「……行きたくない」
「え?」

明美さんが、郷姉の分の朝御飯を出した後でそう聞いた途端、郷姉はボソリと呟いた。
 嫌な予感がして、私は郷姉から離れようとしたけど、手遅れだったらしく勢い良く郷姉に抱きつかれた。

「うえぇ〜、仕事に行きたくないよぉ〜、キヌぅ〜!!」

 そう言いながら、郷姉は私に自分の頬をなすりつけてくる。
見てる人が見てる人なだけあって、私は焦りを隠せなかった。

「ちょ、止めろって! 明美さんと信太の前で見っとも無いだろが!!」

 力の限り郷姉を押し退けようとするけど、郷姉は私から離れる気が全くと言って良い程無い。
抵抗している内に、私達は信太と明美さんに笑われていた。流石にこれは恥ずかしかった。

「なぁ、髪の毛括るの止めたら?」

 学校に行く準備をする時に、ふと信太がそう言った。

「別にいいじゃん、何で?」
「そっちの方が、女の子らしいよ」

その言葉を聞いた途端に、危うく脳内が爆発するところだった。
私は顔が真っ赤になるのがバレない様に、私は弁当を鞄に入れて信太を置いて家を出た。

「行ってきます!!」


* * *


「女たらし」

 絹子が家を出た直後、郷重さんが俺を睨みつける様な目で、ボソリとそう言った。

「郷重ちゃん、今何か言った?」
「いえ何も」

 よく聞こえなかったらしい母さんが聞くけど、郷重さんは白を切る。
シスコンだと絹子が言ってたのは知ってたけど、昨日の事もあって、相当嫌われたらしい。
 やっぱり、あんな事しちゃいけなかったんだと、自分の過ちを悔んでしまう。これからどうにか、挽回出来ればいいんだけど……。

「眠……」

 それから俺も学校に行く準備をしていると、麻弥子さんが閉まりかけている目を擦って、部屋から出てきた。
麻弥子さんは挨拶をする俺を見るなり、辺りをきょろきょろ見回した。

「キヌは? もう学校行ったの?」
「あ、はい」
「何で一緒に行かないの?」

 唐突で、且つ素朴は質問に、俺はつい息を止めてしまった。
何て返せばいいのか分からなくて、目を逸らしてうわ言のように声を出してしまっていた。

「ほら、信太は彼女が居るからね、一緒に登校したら、浮気してるように思われるでしょ?」

 でもその質問に答えたのは、麻弥子さんの朝御飯をよそって微笑する母さんだった。
途端に、学校に行くのを躊躇ってしまう。学校に行けば、また風喜と顔を合わせなきゃいけない。余計な事を言わないでほしい。
 それでも行かなきゃいけないと自分に言い聞かせて、弁当箱を鞄に詰めて出かけようとした時、麻弥子さんが驚いた様子で言った。

「え、キヌが信太君の彼女じゃないの!? って言うか、キヌと信太君が許嫁になるんだと思ってた!!」

 今度は酷く咽てしまった。こっちが驚いたと言ってやりたい程だった。何でそうなるんだよ!
今なら俺の言葉に、絹子が早々と家を出て行ったのも分かる気がした。麻弥子さんは相当な勘違いをしてる。

「お姉ちゃん、やめて」

 すると郷重さんが、さっき俺を睨んだ時よりも鋭い眼差しで、麻弥子さんを睨んでいた。
何と言うか、俺は本当に郷重さんに嫌われたらしい……。

「いやん、サトちゃん怖ぁ―い。ねぇシン君?」
「えっ……!?」

 郷重さんの態度に、麻弥子さんはからかう様にそう言って、俺の後ろにくっつく様に隠れた。
背中に柔らかい感触がして、こればかりは頬が焼ける様に熱くなった。
と、その時

「あべしっ!!」

 突然、麻弥子さんが奇声を上げて、倒れるように俺から離れていった。
その横には、学校に行った筈の絹子が漫画でよくある着地ポーズを取っていた。どうやら絹子が、麻弥子さんにとび蹴りを食らわせたらしい。
俺も母さんも、郷重さんさえも口を大きく開けて、その光景を凝視していた。

「初っ端からセクハラしてんじゃねーよこの変態! こういう時だけしっかり目ぇ覚めやがって!!」

 完全にダウンしている麻弥子さんに、絹子は見下した様な顔で怒鳴り散らした。
何で帰ってきたんだろうと疑問に思っていたが、絹子の足元を見ればすぐに分かった。

「あれ、キヌ、靴下の色違うんじゃない?」
「るせー! だから帰ってきたんだよ。言わせんな恥ずかしい!!」

それを郷重さんが指摘すると、絹子は顔を真っ赤にして更に怒鳴る。

「すいません明美さん、朝っぱらからこんな騒がしくて……」
「いいのよ、こっちの方が私も楽しいわ」

 そして母さんと顔が合った途端、絹子は恥ずかしそうに頭を垂れた。早く靴下替えろよ。
 何だかんだで結局、俺と絹子は一緒に家を出る事になった。

「そう言やさ、再婚したって事は、明美さんや信太の苗字も変わるんだよね?」

 マンションの駐輪所で、自分の自転車を出してると、ふと絹子がそう言った。
何でいきなりそんな話をするのかと思ったけど、苗字が変わるなら、学校で色々言われるのは間違いない。

「いや、俺は養子縁組届出してないから、そのまんまらしい。いずれ出すってさ」
「ほぇ〜」

 恐らく、俺達が高校を卒業した頃に出すんだろう。今の状況で出すと色々と不都合が生じると、母さんがそう言っていた。
俺の返答に、絹子は興味があるのか無いのか、分かり難い返事をした。他人事じゃないってのに……。
 ふとある事を思い出して、俺は絹子に釘を刺しておこうと思った。

「あんまり他の奴に言うなよ。この前梨川さんと、その話してたみたいだけど」
「分かってるよ。來音ちゃんにはちゃんと、誰にも言わないように言っといたから」

途端に絹子は、少しばつが悪そうに笑った。こんな事を平気で相談出来る程、絹子は梨川さんの事を信用しているらしい。
少しだけ、羨ましいと思った。

「じゃ、俺先に行くから」
「おう、気ぃ付けろよ」

 俺は自転車だけど、絹子は歩いて登校する。一緒に登校するのは流石にまずいって、母さんも言ってたから、これからもそうする心算だ。
唯、隠している事は、いずれバレてしまう。その時の事も、ちゃんと考えておかなきゃいけないだろう。
自分の為にも、絹子の為にも。


* * *


 二時間目が終わってから、私と信太は職員室に呼び出された。
信太の住所変更の手続きについてだし、再婚の話も前もって父さん達がしてくれたから、私まで呼び出す必要は無い筈なんだけど。

「君達の事は、親御さんから聞いてるよ」

 他の先生達が忙しなく職員室の中を駆け回る中、信太のクラスの担任の先生も書類の整理をしながらそう言った。
一体どんな話をされるのか、ちらと信太の方を見ながら、そんな事を考えていた。

「で、君達どうするの?」
「「はい?」」

 うっかり信太とハモってしまった。だけど私も信太も、そう返さざるを得ない程、先生の質問は意味不明だった。

「いや、同級生の親同士が再婚なんて、滅多にないからね。姉弟って言っても、血が繋がってる訳じゃないから、この先恋人付き合いとかも難しいと思うんだよね」
「はぁ……」

相槌を打ちながら、私は心底呆れていた。まさかとは思うけど、そんなクソどうでもいい話をするだけが為に、私も呼んだんじゃないよね?
 またちらと信太の方に目をやる。信太は私と同様、目を丸くしたまま呆然としていた。

「ほら、君達も大人になったら結婚する訳でしょ?」

 そんな私達に気付かないまま、先生は話を続ける。やっぱり、そんなくっっっだらない事の為だけに私は呼ばれたらしい。
その事にイラついてきた私は、つい反射的にこう返してしまった。

「結婚なんかしません」

 途端に先生も、何故か信太も、驚いた顔をこっちに向けた。

「しませんって……。そりゃぁ、まだ先の話と思うかも知れないけど、君達もう結婚出来る年齢なんだよ?」
「しません。この先何があっても、独身貫きます!」

何言ってんだ私は。頭の中でそう考えながらも、この会話以上にどうでもいい宣言をしてしまった。
先生と信太の目が更に丸くなる。自分の所為なのは分かってるけど、この場で生じた変な雰囲気に、私はかなり苛々していた。

「た、多田さんはそうかも知れないけど、操鷺君は……」
「なるほど! こいつの将来を考えたら、私は邪魔だからさっさと嫁に行け、と仰りたいんですね?」

 この先生が何を言いたいのかさっぱり分からなかったから、自分なりの解釈(まぁ只の嫌味だけど)をニッコリ笑顔でぶちかましてやった。
信太の顔が、さっと青くなる。先生もぎょっとしたらしく、大慌てで首を横に振った。

「そ、そう言う訳じゃなくて、ほら、操鷺君には恋人が居る訳だし」
「へぇ〜、流石こいつの担任だけあって、ストーカー並みに熟知していらっしゃいますねぇ!」
「お、おい……!」

とうとう信太も止めに入って来たけど、ここまで言ってしまえばもうどうにでもなれだ。
 私の豹変ぶりに、先生も相当混乱しているらしく、しどろもどろになってる。それでも私は笑顔を絶やさず、且つ先生を見下した状態で続けた。

「男に対してセクハラ発言ですか? 先生も殿方なのに、随分と良い趣味をお持ちですねぇ。それとも何ですか? 私が結婚して出ていけば、こいつが晴れてその恋人さんと結婚出来ると?」
「た、多田さん」
「人のプライベートに一々口突っ込むなやぁ!」

 私の苛々が爆発した途端、頭部に鋭い痛みが走ったと思いきや、視界が暗くなった私はそのまま床に突っ伏した。

「すいません先生。用がそれだけなら、俺達は戻ります」
「あ、あぁ……」

 そんな会話が聞こえた後で、私は信太に職員室から引きずり出されてしまった。
忙しなかった他の先生達の足音が、ぱたりと止んだように思えたのは、きっと気の所為じゃないんだろう。

「……頭は冷えたか?」
「それなりに……」

 水飲み場まで引きずられて、ようやく掴まれた足を離すと、信太は私の方を睨みつけた。

「殴ることないじゃん。私、何か間違ったこと言った?」
「言ってないけどさ……、お前は色々突っ込みすぎ」

 そして長い溜息を吐いて、私にそう言った。確かに自分で顧みても、自分の行動に呆れるとこは多々ある。
でも、だけど

「信太は、嫌じゃないの?」

 義弟が出来るって聞いてから、ずっと気になってた。信太自身、私や姉ちゃん達と暮らす事をどう思ってるのか。父さんと明美さんが再婚する事を、賛成しているのか。
相手が同級生の親だなんて、よっぽど大好きな親友か片思いの人でない限り、絶対に嫌な筈だ。
そう思って、私は信太に聞いてみたけれど、信太は私から目を逸らした。

「そんなの気にすんなよ。本当お前は、色々深く考えすぎ」
「え、ちょ……」

そして私の質問をそっちのけで、信太は欠伸をしながら自分の教室へ戻ろうとするから、私は慌てて呼び止めた。

「信太!」

その声が、自分でも吃驚するくらい、泣きそうな声だった。振り向いた信太も、狼狽眼でこっちを見ている。
 私が聞きたいのは、そんな事じゃない。何で信太はいつも、自分の意見を私に教えてくれないの?
そう言おうとしても、喉から上手く声が出ない。何でか涙さえ出てきそうになってる。

「……もういいッ!」

それを必死に隠そうとしてそう怒鳴ってから、私も教室へ向かおうと踵を返した。
信太は呼び止めようとしない。でも、この時ばかりはその反応に安心していた。本当に喉から嗚咽が出そうだったからだ。
 何だか本当に、今日の私はおかしい。一体どうしたものだろうかと、自分で考えてみた。
でもその理由はいくら考えても、昨夜あいつの前で、あんな醜態を晒したからだとしか思えなかった。
 そんな事を考えていると、ふと前に居た人にぶつかってしまった。

「わっ、ごめんなさい!」

 私はすぐ謝ってその人を見上げたけど、それと同時に、背筋が凍りつく様な感覚がした。

「何が、もういいの?」

そして理解した。そう聞いてきた彼女は、わざと私の前に立ってぶつかってきた事に。
信太が私を呼び止めようとしなかったのも、彼女が視界に入ってしまったからだという事に。

「ふ、風喜……」

そう言った信太の顔が強張っているのは、振り向いて実際に見なくても分かる。
見下す様に私を睨みつけているのは、私の憧れであり信太の彼女、木田さんだった。


* * *


 俺は息を飲んだ。非常に不味い状況だ。
さっきの俺達の会話を、よりによって、一番聞かれたくない奴に聞かれてしまった。

「ねぇキヌちゃん、何がもういいの?」

 絹子を睨みつけたまま、風喜は聞いた。絹子の返答によっては、今にも噛みつきそうだった。
蛇に睨まれた蛙の如く、絹子は俯いたまま動かないでいた。どうにか言い逃れ出来る方法を、探しているのだろう。
と、思っていたのだけれど

「……?」

 ふと、嫌な予感が背筋をなぞったのは、俯いている絹子の口角が上がっていたからだ。あれは何か企んでいる顔だ。
一体何をする心算なんだ。そう考えていたその矢先、嗚咽混じりの声が絹子の方から聞こえた。

「木田さぁ〜ん、聞いてよぉ〜!」

 そう叫んでいきなり泣きつく絹子に、風喜は先程の表情とは打って変わって、少しばかりうろたえていた。
嫌な予感は更に増した。まさか絹子の奴、風喜に俺達の事を思い切って打ち明ける心算なのか!?
と思いきや

「あいつ酷いんだよぉ! 私の秘密をばらされたくなかったら、下僕として働けとか言われてさぁ!」
「はぁ!?」

俺は思わず声を上げたが、慌ててその口を塞いだ。恐らく絹子は、上手く風喜を誤魔化そうとしているに違いない。
……俺を悪者に仕立て上げることで。

「……ひ、秘密って?」

 俯いていた時の悪人面が嘘だったのかと思える程、絹子は本当に涙を流して泣いていた。流石は元演劇部、と言ったところか……?
そんな絹子に厳しい事は言えないらしく、風喜はとりあえずその秘密について聞くと、別にいいし。もういいって決めたし。とか言いながら、絹子は話し始めた。

「私さ、ある時無性に訳の解らない行為をしてみたかったんだ。それでね、体育館に誰も居ないのを見計らって、五木ひ〇しの顔真似でイナバウアーしながら『真っ赤な太陽』歌ってたら、操鷺の野郎にそれを見られちまったんだよぉ!!」

 そう叫びながら泣き喚く絹子に、俺も風喜も、暫く何も言えなかった。
 駄目だ。突っ込むな。今突っ込んだら、確実に誤魔化しが効かなくなる。
と言うか、そんな話を風喜が信じるか? 全クラスから変人の太鼓判を押されている絹子の行動はまだしも、一応は彼氏として見られている俺が、そんな事をする奴だと風喜は思うだろうか。

「……信太」
「ん?」

 盛大に泣きじゃくる絹子を見つめながら、風喜は俺にかけたその声は、いつもより低かった。
やっぱり、こんな誤魔化し方は効かなかったのか。不本意だが、俺も絹子の出鱈目に付き合うべきなのだろうか。と思ったが

「あんた、キヌちゃんが可哀想だと思わなかったの!?」

 絹子をぎゅっと抱きしめながら、風喜は俺の方を睨みつけた。
……そうきたか。どうやら俺は現在の彼女にですら、性悪な男だと思われていたらしい。別れ話を持ち出した所為もあるんだろうけど。

「いや、その……」

 しかもどうやら、俺は別の意味で追い詰められたらしい。何とか誤魔化せたから、さっきの絹子の話が嘘だとも言えないし、かと言って、このままだと俺の心象が最悪だ。
風喜とは早く別れたいけど、こんな濡れ衣で引かれるのは、男として非常に癪だ。しかも絹子が嗚咽しながら、ドヤ顔でこっちを見てるもんだから、余計に腹が立つ。

「ごめんねキヌちゃん。私、変な勘違いしちゃってたみたい」
「ううん。木田さんが心配してくれて、嬉しかったから!」

 風喜が絹子の方を振り返ると、絹子は咄嗟に泣き顔に戻って、無理に笑顔を作って見せた。こいつはもう高校も公務員も辞めて、女優やればいいのに。
 そんな事をしている内に、チャイムが鳴った。急いで教室に戻らないと遅刻だ。

「じゃあ、私はこれで!」

その音を聞いた途端、絹子は疾風の如く自分の教室へ駆け戻って行った。風喜も慌てて教室へ戻る。
 俺も教室に戻りつつ、深い溜息を吐いた。一体何だって、絹子にあそこまで貶められなきゃいけないんだ。あの事なら、もう謝ったっていうのに……。


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