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 比護と、小川と、梨川さんとで、俺は絹子と風喜を探した。
各々で散らばるよりまず先に、駐輪場へ向かった。風喜は自転車で通学しているからだ。
風喜の自転車が無いなら、二人共学校の外に居るだろうし、あるなら二人共、まだ下校していない可能性が高い。
 下校する生徒達で、ばらばらと捌けていく自転車の中で、風喜の自転車を見つけた。
まだ二人とも、下校してないようだ。探す範囲が狭まったと分かって、少しだけ安心した。

「あ、智君!」

 ふと、背後から比護を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、比護の彼女の藤木さんが、何かから逃げて来たかのような青い顔をしていた。

「美香ちゃん、どしたの?」
「さ、さっき……」

 比護がそう訊くと、藤木さんは比護の手を取って、叫ぶように言った。

「昨日の不審者が、学校に入って来ててん! せやから、先生に言いに行こ思て……!」

それを聞いて、俺は思わず、藤木さんの両肩を掴んだ。

「何処で!? そいつは、何処に行った!?」
「おい、操鷺!」

 慌てて小川が、俺を藤木さんから引き剥がす。
比護の背中に隠れながら、藤木さんはぼそぼそと言った。

「た、体育館の方……。さっきキヌちゃんも、そこで木田さんと、待ち合わせがある言うて……」
「絹子が!?」

 途端に、梨川さんがそう叫んで、俺は居ても立ってもいられず、体育館の方へ走った。
呼び止める声も、誰かにぶつかるのも気にしないで、俺は絹子の居る方へ走った。

『お前は本当に、自分勝手な人間だな!』

 ふと、昔聞いたことのある声が、頭を過った。
俺の父さん、だった人の声だ。俺を叱る時、必ず最初にそう言った。

『親の言う事も碌に聞けない奴が、まともな社会に出られる訳が無いだろう!』

 どんな時に言われたんだったか。テストで百点を取れと言われて、九十九点を取ってしまった時。
ある塾に通えと言われて、頭の良い友達と、同じ塾がいいと言った時。
誕生日に、もうプレゼントの参考本は要らないから、皆で遊園地に行きたいと言った時。

『そんな我儘が、世の中でも通ると思ってるのか!』

 忘れなさいと、母さんに言われていた記憶が、今になって甦ってくる。
走馬灯というやつだろうか。それとも、あの時の自分と、向き合おうとしているのか。
でも、そんな事はどうでもいい。自分勝手だろうと、まともな社会に出れなかろうと。
 失くしたくない。そう思ったその時、今度はそいつの言葉が、頭を過ってきた。

『少なくとも、私はシン君の事を無力だとは思わない』
『自分の気持ち人に伝えないくせにさ、何で人に対してはとやかく聞く訳?』
『信太は、嫌じゃないの?』
『弟慰めちゃいかんか? 家族ってそういうもんっしょ?』
『信太は弱くない。唯ちょっと、年頃の女の子の扱いを分かってないだけ』

『私、シン君の事が好きです』

「絹子!!!」

 体育館の中の、ドアの開いていた倉庫に走って、俺は叫んだ。
見れば卯月が、柔道着の帯で手足を縛られた絹子に触っている。考えるよりも、先に手が出た。

「絹子に、触るな!!」

 俺は卯月に組み付いて、手に持っていたスタンガンを奪い、背中に食らわせてやった。
ガクリ、と卯月が気を失ったのを確認して、俺は急いで絹子を縛る帯を解こうとした。

「おい、大丈夫か?」

 絹子が泣いている事に気付いて、俺はさっと帯を解いてやると、その涙も拭ってやった。
絹子は俯いたまま、ずっと黙っていたけど、その時、ようやく何かを呟いた。

「っとに……」
「ん?」

それがよく聞き取れなくて、俺は絹子の顔を覗き込むと、絹子は更に涙を溢れさせていた。

「ほんっとに、意地悪だよなぁ……。神様も、母さんも……」

 そう言った絹子は、諦めた様な、絶望している様な、だけど、何処か嬉しそうな顔をしていた。
ああそうか。こいつはきっと、母親の後を追いたかったんだ。
だから、危険だと分かってて、風喜について行って、卯月に襲われても、抵抗しようとしなかったんだ。
そうしたいと思った程、絹子は彼女が大好きで、彼女に愛されていたんだろう。

「大丈夫。全部全部、悪い夢だから」

 俺は絹子を抱き締めて、そう囁いた。
すると、背後からのそのそと、何かが起き上がる音がした。卯月じゃない。

「……信、太……?」

 起き上がって、風喜は自分の目を疑っているのかと思う程に、俺達を凝視していた。
それと同時に、比護と小川がようやく体育館に入ってきた。

「お前なぁっ……先走り過ぎだっつの!」
「悪い……。梨川さんと藤木さんは?」
「此処に連れて来るのは、危険だと思ったからな……。先生に知らせるよう、職員室に向かわせた……」

 息を切らしながら、二人はそう言った。そして倒れている卯月を見て、ギョッと目を見開かせる。
気絶しているだけだと言うと、二人は暫く顔を見合わせて、それから絹子の手足を縛っていた柔道着の帯で、卯月を拘束した。

「……んで、何で木田さんが此処にいる訳?」
「多田氏と此処で、待ち合わせていたと聞いたが……、奴に彼女を売り渡す心算だったか?」

 そして、二人は軽蔑の目で、風喜を睨んだ。
誰も来ない体育館倉庫に、不良が「絹子を追って来た」と叫んだ卯月の登場。その思考に辿りつくのは、無理もない。
けど、思わぬ方向から、その答えが返って来た。

「違うよ。木田さんは、私に探し物を手伝って欲しかっただけ」

 その時、全員の視線が、絹子の方へ向いた。
泣き止ん直後で、目が赤いままの絹子は、真っ直ぐな目で、比護と小川を見ていた。

「そしたら、急にそいつが出て来たんだ。そのスタンガンでやられて……」
「絹子」

 風喜と庇おうとしているのが分かって、俺は絹子を止めようとした。
でも絹子は、俺を睨みつけて、その後で比護や小川にも言った。

「そうやって疑いにかかるの、良くないよ。木田さんだって、大学受験控えてんのにさ」

 比護と小川は、押し黙ってしまった。俺もそれ以上は、言えなかった。
もし俺達が風喜の立場なら、きっと絹子のその言葉に、縋りたいと思ったに違いない。
だけど風喜は、そんな惰弱な女じゃないし、案の定かなりの憤りの感情を、絹子に向けて、歯軋りをしていた。

「木田さんは、巻き込まれただけ。何も悪い事してな」
「うっさいのよ!!」

 そしてとうとう、絹子の言葉を遮って、怒鳴りつけた。
ずかずかと俺達の方へ向かって来ると、絹子の胸倉を掴んで、睨みつけた。

「さっきから、馬鹿にしてんの!? 他人を庇う良い子アピール!?」
「よせよ、風喜!」
「私が美人で綺麗だから、そんな悪い事はしないって!? あんたの勝手なイメージに、何で私が付き合ってやんなきゃいけないのよ!!」

 そう怒鳴る風喜に、絹子は唯目を白黒させているだけだった。比護と小川も、呆然とその様子を見ていた。
俺もよくは分からないが、唯一つ分かるのは、俺がこいつ等を探している間に、絹子が何度も、無自覚に風喜のプライドを逆撫でしていたということだ。
そしてさっき、絹子が風喜を庇ったことで、それが爆発したらしい。昨日まで付き合っていた俺でも、風喜のこの荒れようを見るのは初めてだった。
一応は風喜を制止したものの、これは絹子に非があると、そう思った。

「絹子!」
「キヌちゃん!」

 その時、梨川さんと藤木さんの声が聞こえた。先生達も、一緒になって入ってきた。
倒れている卯月を連行して、事情徴収に来た先生に、絹子から手を放した風喜が真っ先にこう言った。

「私が、彼を連れて来ました。多田さんに会いたそうだったので、彼女を此処まで誘き寄せました」

 絹子が大きく目み見開かせて、何か言おうとしたけど、風喜の言った事に思う所があったらしく、結局黙りこんでしまった。
梨川さんが、さっき俺がやっていたように、絹子を抱き締めて、藤木さんも、良かったと言いながら、涙を流していた。
 これで、良かったんだ。梨川さんと藤木さんにくっつかれて、慌てている絹子を見ながら、俺は安堵して息を吐いた――。

 ――先生達から、事情徴収を受けた後、帰ってきた俺達に、学校から連絡を受けた母さんと、絹子の姉さん達が飛びついて来た。
後で聞いた話だが、卯月はまた少年院に送られ、風喜も一週間程の謹慎処分を下されたらしい。
風喜の事に関しては、まだ絹子が暗い顔をしていたけど、「風喜が選んだ事だから」と言ってやると、肩の荷が下りたように苦笑していた。
 それから俺は、母さんから再婚はしないという話を聞いた。
父さんから逃げる為に、俺を多田家の養子として隠して、母さんはまた遠くへ逃げる心算だそうだ。
 母さんは俺の頬を撫でて、俺が嫌いになった訳じゃないと、そう言ってくれた。
それで俺は、「一人暮らしがしたい」と言った時に、母さんが俺に怒った理由を、ようやく理解した。

「信太は、それでいいの?」

 ふと、絹子が俺にそう訊いた。その顔は、少し不安げで、とても真剣だった。
母さんが望むなら、と言いかけて、俺は開きかけた口を、また噤んだ。

「……嫌だ」

 その言葉を出すのに、思った以上に時間がかかってしまった。それでも俺は、はっきりと言ってみせた。
見開いた母さんの目は、嬉しそうに輝いているように見えた。けど、それがすぐに潤んで、苦笑に変わってしまった。

「ごめんね。電話するから。あの人が諦めてくれれば、必ず、帰って来るから……」

 そう言って母さんは、俺を抱き締めた。何故だか無性に悲しくなって、俺は母さんを抱き返して、顔ごと涙を埋めた。
その時ふと、仏壇の上に飾られていた、女性の遺影が目に入った。優しく微笑むその顔は、とても慈悲深く、美しいと感じた――。

 ――そして、卒業式を迎えた次の日、俺の苗字は、多田になった。
役所に届け出たその足で、母さんは駅の方へ向かい、遠くへと行ってしまった。

「良かったの?」
「ん?」
「一緒に行きたいって、言わなくて」

 無事大学に合格出来、春休みを満喫しようと、俺と絹子はアクションゲームに夢中になっていた。
ふと、絹子がそんな事を言うから、うっかり自分の動かしていたキャラを、死なせてしまった。
 ゲームオーバーと映し出された画面を見て、俺は項垂れ、溜息を吐いて頭を掻いた。

「それじゃ、意味無いだろ」
「そうだけど……」

 絹子は遣る瀬無さを顔に出して、テレビ画面じゃない、何処か別の方を見ていた。
きっと、俺に気を遣ってくれているんだろう。母親と別れることの寂しさは、こいつが一番よく知っているから。

「わっ!」

 俺は絹子の腕を引き、鼻と鼻がぶつかり合いそうな程にまで、顔を近付けた。

「見縊るなよ。俺はそこまで弱くない」

そしてそのまま、絹子の身体を抱き締めた。絹子の耳が、ぶわっと赤くなる。
 絹子の早まる鼓動が聞こえる。昔は寿命をカウントダウンする、不吉な音と思っていたけど、今は不思議と、こんなにも安心する。

「お前と離れる方が、嫌だ」

 絹子の赤くなった耳に、そう囁きかける。
すると、絹子は声にならない声を上げて、そのまま固まってしまった。きっと、頭がショートでもしたんだろう。

「しっかりしてくれよ、姉さん」

 手を放すと、絹子は本当に目を見開いたまま、真っ赤な顔で固まっていたので、俺は背中を叩いてそう言った。
我に返った絹子は、慌てて床に落としたコントローラーを拾うと、リプレイの選択肢を押した。

「お前こそ、姉ちゃんを嘗めんなよ!」

 そう言った絹子は、まるで煩悩を消し飛ばすかの様に、敵を薙ぎ払っていった。
それを隣で眺めながら、俺は絹子のキャラの援護を続けた。
 きっといつか、同窓会を開いた時にでも、比護や小川達に、俺の姓が変わった事は気付かれてしまうだろう。
だけど、その時が来たら、胸を張って、こう言うつもりだ。

『絹子の家に、婿入りしたんだ。今は、凄く幸せだ』


  ――完――


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