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「ねぇ、もう待たなくていいって、どういうこと?」

 学校の駐輪場に着いたところで、俺を待っていた風喜にそう伝えると、風喜は訝しげな表情で訊いてきた。
答えるまでもない筈だ。口では言わず、目でそう訴えると、風喜は悲しげな表情に変わった。

「……どうしても、私と別れたいの?」

そう訊く風喜の目から、涙が溜まり始める。
いつもなら「面倒臭い」と思って溜息を吐いてたけど、今は全くそんな感情が起きなかった。
朝起きた時から、否、恐らく昨夜のあの時から、憑き物か何かが落ちたような感覚になっていた。

「だってさ、お前俺と居てて辛そうじゃん」

 途端に、風喜の目が大きく見開かれる。俺自身、自分の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
けど事実、俺の隣に居る時の風喜は、お世辞にも幸せそうには見えなかった。付き合い始めたばかりの頃より、笑わなくなってしまっていた。

「別れたくないって言うけど、お前は俺の何処が好きなんだよ? 俺はお前と別れたい理由を沢山言ったけど、お前から別れたくない理由は一つも聞いてない」

 風喜の目を見て、俺は別れたくないという彼女の真意を問う。すると風喜は顔を青くして、俺から目を逸らした。
威勢が無くなったように見えるが、予想通りの反応だった。俺と別れたくない理由を、何となく察していたからだ。
 風喜は、自分が可愛いという自覚があり、それが自慢なのだ。
これは絹子にも話したし、絹子も今まで口に出さないようにしていたらしいが、「そんな気はした」と同意していた。
恐らく風喜の中で、“可愛い女子”であることを証明する為の必須アイテムが、俺という“彼氏”なのだろう。
だから相手がどれだけ嫌がろうとも、手放す気は無いのだ。
俺がどう思おうとも、風喜は俺と向き合う心算は一切無いのだ。

「好きだから、じゃ……駄目?」

 目を逸らしたまま、そこに涙を溜めて、蚊の鳴く様な声で風喜は言う。
けど、俺が最初に訊いた「何処が」の部分には、全く触れてない。それが少しだけ、悲しかった。
 ふと、付き合い始めたばかりの記憶が甦る。
あの時の俺は、確かに風喜が好きだった。風喜が可愛いと思っていた。
その綺麗な顔で、ずっと笑ってくれていたら、きっとこうはならなかったかも知れない。
陰で誰を口汚く罵ろうが、俺の意見を真っ向から否定しようが、聞き流せたかも知れない。
でも、そうはならなかった。なれなかった。

「風喜、可愛いんだからさ、俺よりもずっと良い奴が居るよ」

 零れかけた涙を拭って、今までの俺からではきっと思いもしなかったであろう言葉で、風喜を宥めた。
 なぁ風喜、お前の言う“好き”って言葉は、俺に宛てたものじゃなくて、俺という彼氏を持ってるお前自身への言葉だろう?
そう言うと、きっとお前は否定するんだろうけど、分かるんだよ。
風喜が好きだったから。ずっと隣で、お前を見てたから。
だから分かる。お前が見てるのは、見てたいのは、俺じゃない。お前自身だ。

「……ごめんな」

 そう囁いた俺自身の声も、潰れそうなひ弱な声になってしまっていた。
すると我に返った風喜は、涙を拭っていた俺の手を弾き飛ばし、睨みつけた。

「もう話しかけないで」

そう吐き捨てて踵を返すと、風喜は足早に校舎へと姿を消していった。
 凩が落ち葉を転がし、カサカサと寂しい音を立てて散らばっていく。
 別れ話を持ちかけたのは俺の方なのに、これだとまるで俺が振られたようだ。
そんな呑気な感想が頭を過ったが、プライドの高い風喜の事だ。そう見せる心算でああしたんだろう。
いつもなら清々したと大きく溜息を吐くのだろうが、心の中がやけに虚しくなったような、何処か寂しいような感覚がして、俺は風喜に弾かれた目を見つめていた。
 その時――

「――っ!?」

背中に悪寒が走り、俺は後ろを振り返った。
他の生徒達が入って来る校門の端で、俺が行きしなに轢き飛ばしたフードの男が、明らかに俺の方を睨みつけていた。
先程の事を恨んでいるのか、少し厄介なものに目をつけられてしまったような気がして、どうにも気味が悪い。
校内にまで入る心算はないようだったが、俺は逃げるように校舎の中へと駆けていった。


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